2006年01月04日

RFSへの道 その8

標題のネタは実は話しが完結する前に、家が完成してしまいました。
そろそろ終わりに近づけたいと思います。
これ以前のお話はブログの「カテゴリー RFSへの道」でご確認下さい。

さて私がハウスメーカーの契約を決めたのは2004年11月の末でしたが、最後の10日間は競合3社の出入りが入り乱れました。

11/20(土) RFSオーナー宅見学会(後にjd家の都合でキャンセル)
11/21(日) インターデコ打ち合わせ
11/23(祝) 昼 東急建築現場見学 夜 RFS来宅
11/27(土) インターデコ電話
11/28(日) 夕方 東急来宅     夜 RFS来宅
11/29(月) RFS来宅
11/30(火) RFS来宅(申し込み)
12/01(水) RFS申し込み金振り込み

とこんな流れです。

 みなさんご承知の通り、メーカーは月末の締めでなんとか契約をと迫ってきますが、私は土地の引き渡しを当初2005年1月中旬としていたため(これは後に前オーナーさんの都合で3月末にのばしましたが)2月くらいから着工、11月末にはメーカーを決めたいという話しをしていたため、連日メーカーからの攻勢を受けており、上記以外にもメールや電話での状況探りが何度もありました。

 jd妻この状況にまたもかなり引き気味で、特にRFSの休みごとの攻撃には辟易していたところがあり、27日の夜は私は子供のサッカーを通じて知り合った仲間との飲み会に行っていましたが、その夜RFSの営業さんから自宅に28日に訪問したいと電話が合ったときには、私の携帯に「正直、もう断りたい」とかみさんからメールが来たほど。ただし、私はこのメールの内容を聞いてちょっと可能性があるのかなとも感じていました。
 
 RFSとは28日に会っていろいろと納得がいかなければ、これはあきらめだなと正直覚悟してのぞみました。28日はRFSが来るアポの20:00の前に、夕方東急の営業さんも状況を探りに突然自宅に現れ、一家大慌て。時間が一緒じゃなくてよかった・・・。なんでこんなことでこっちが気を遣わねばならんのだ、と結構へとへと。
 
 前日のメールで私が可能性があると感じた、28日のRFSの訪問が今までとちょっと違ったのは、3人で自宅にやってきたことです。いつもは営業さんとその上司の所長さんのコンビでしたが、この日は今までとは違う方まで出てきました。RFSオーナーさんの間では有名人の方ですが、この日はこの方がほとんど話し、この日のRFSのオファーは今までの交渉の経緯からすると激変。かなり即断即決でいろいろな条件が提示され、jd妻の理想もRFSでも実現できそうな状況に。こうなると後は、値段を取るか、理想を取るかという選択になり、もちろん値段はRFSが高いものの、この家のスペックやできあがりのイメージからいうと、夫婦ともども、もともとの理想であるRFSへと傾く。なにしろ家の図面は、実は毎週のようにああでもないこうでもないと難癖をつけて、そのたびに修正していたため、家のデザインそのものは、RFSが一番私としては気に入っていたものでしたから・・・。日曜の夜は深夜まで話し続けました。これはもう自分たちを納得させるための話し合いのようなもの。

 翌29日には再びRFSが現れ、昨日のオファーに関連した資料が提示されたのと、30日までに契約をしないとその条件は白紙との宣告。この日の夜は再び夫婦で話しあって結論を出し、翌日RFSの申し込みと至ったわけです。

 実際9月頃に見た見積もりとはこの時点では相当の差がありました。この差を納得感に変えて、ちょっと高いがRFSを選択したというところ。

 RFSには、最初にたまプラMHに訪問したときから、「キャンペーンに申し込みを」と言われてきていて、そのころに申し込みをしていたらどうなっていたのかなと思います。
 一生一度の買い物ですから、交渉というものはしてみるものです。

 メーカー選定にあたっては本格的な交渉は約2ヶ月。その間にずいぶんいろいろ考え、メーカーとも話し合うことで自分の理想なども整理できたように思います。実は最初に考えていたことと、自分が本当にしたいことは結構違っていたというのも結構驚きでした。

 お金にルーズな訳ではないのですが、最後は数十万〜数百万程度(!)をケチるぐらいなら、理想を追い求めるべしという気分でした。実際ローンを計算すると、借入金百万円の違いは毎月の返済ではまあ許容範囲かなと・・・。

 こうしてjd家とRFSのつきあいは本格化していくのでありました。
posted by jd at 02:02| Comment(3) | TrackBack(0) | RFSへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月04日

RFSへの道 その7

RFSとインターデコのあまり見かけないメーカーの競合になったところで、このままでいいのかという気分になり東急ホームにも声をかけました。東急は以前からMHを見に行っていて、新築物件の内覧会にも何度か出かけています。カントリー調を実現するなら、むしろ他のメーカーよりいいところもある。ちょっとその当時から土地のよう壁の工事費用の妥当性についても懐疑的なところがあって、東急ホームなら東急関連で東急建設などを使い、よう壁費用と家新築一体のコストメリットがでないかという浅はかな考えで依頼をしてみました。
 
 東急には我が家の希望の間取りに極めて近いベーシックプランがあり、これを使えば大きな仕様変更をしなければかなり安くあがることもわかりました。プランを進めるためには、設計と話していただいた方が・・・と営業さん。よう壁費用は結局、東急効果はなし。

 もともと外観や木製サッシなどは気に入っていたこともあり、そのプランに多少オプションを加えて(たとえば1F 2.7mの天井など)本格的な見積もりを依頼して、何度かMHに出向いて話すのですが、いつも出てくるのは概算金額ばかりで、図面は営業さんが切り張りで直したもので、見積もりはプランの価格に、オプションはこれぐらいみとけば普通ですとの回答。オリジナリティーを出すためにこんなことをすれば、どのくらい費用がかかるのかが知りたい、値引きはどうなんのと聞いても反応にぶく、ベーシックはもともと安いので値引きはできないと・・・。あとは次第に東急の長所のご自慢が始まり、「そんなのもう知ってるって」という話と「とにかくまずは申し込みを。敷地調査の申し込みをしないと正式な見積もりも出せない」の一点張り。
そういう会社のシステムなのでしょうが、こっちはメーカーを決めるために交渉をしているつもりなのに、一向に他のメーカーと同じ土俵に乗らないので、業を煮やして担当の営業に長文の文句のメールを投げたら、上司の所長さんが出てきた。所長さんは穏やかな人だが結局主張は変わらず。もうこりゃだめかなと思っていたら、週末に上司と営業が自宅にやってきて、値引きを含めた見積もり変更の話。なんだできるんじゃないか・・・。
出てきた値段は魅力的だったが、過去の経緯を経てこのころにはなんだか担当営業さんへの不信感が募っていて、話を普通に聞くこともできず、営業を変えればいいのかと真剣に東急の他MHの営業に相談に行ったりして、何をやっているのかわからない状態になってしまいました。

 ただ比較の過程では、東急がとてもいい条件だったことも事実。価格面だけでなく性能はもちろん遜色ないし、やはり大きなメーカーということで、メンテナンスの体制などはRFSとは比較にならないように思います。

 それでも決める気にならなかったのは、やはり交渉に至るまでの過程でのフラストレーションと、価格はいいが、ベーシックプランをいじくるだけで建てることに対するつまらないという感覚。ちょっとオプションをつけると値段がどんどん上がるところも、不安になったというところでしょうか?

このころになると私自身は基本性能があまり変わらないなら、かっこいい家!
もちろんお金は限られているのだが「予算にばかり固執するのではなく、自分なりに満足できる家を」という気になってきた11月。メーカー決定まであと少し。

posted by jd at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | RFSへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月01日

RFSへの道 その6

 前回は土地を決めるまでの話でしたが、その続き。9月23日(土)に土地を契約した翌日、私たち一家が向かったのはRFSではなく、神奈川県相模原にある「インターデコハウス」のモデルハウス。

 このメーカーはインターネットの掲示板でのよいコメントを見ていて注目していました。この時点では私はとにかく予算優先だったので、インターデコのコストパフォーマンスに惹かれていたという感じです。実際、MHは国道16号沿いにあるのですが、中は音も静かで、間取りもコンパクトで、きわめて現実的なもの。タイル貼りのキッチンのかわいらしさもjd-妻には非常に好印象だったようです。直後に相模原にある、インターデコのオーナー宅も訪問しましたが2階リビングの勾配天井など工夫が凝らされていて、好印象。数日後に提示された見積もりをみるとこれがまた全然予算の範囲内じゃないですか・・・。このメーカーはカーテンなどもすべて含めた「オールイン」価格で売り出していて見積もりもわかりやすく、我が家も相当入れ込んでいて、毎週のように打ち合わせをしていました。

 家を建てるのにあたっては、jd−妻はカントリー調のキッチンを理想に描いており、特に「アニーズキッチン」がお気に入りで、ショールームにも見に行ったり、資料をもらったり、アニーズのバーゲン情報をもらって興奮しており、夫なりにはそれも実現してやりたいなというつもりでしたが、インターデコなら予算も問題なくできるだろうし、一回りおおきな家も建てられそう。10月くらいまではインターデコでほぼ決まりかと思っていました。
 
ただ私がちょっと気になっていたのはインターデコの使用するプラスチックサッシの質感など。標準はオーバーハングなのも気に入らず、インターデコで木製サッシを入れたらいくらになるかというわがままを言って、見積もりをもらったりしていました(考えてみれば、そんな風にメーカーの売りも変更することができると意味ではこのメーカーの融通の効き方は相当なものです)

 このころRFSの方も毎週末に家に来ていただいていましたが、値段だけで見れば、インターデコとは数百万の差があり、とても手出しできる雰囲気ではありませんでした。それでも、毎週持参される図面を見てああでもない、こうでもないと言っていたのは、心の片隅でRFSを捨てきれないのが自分でもわかっていたからです。その時はなぜかはよくわからなかったのですが、インターデコは理想的なのに決まりそうになればなるほど、何となくがっかりしていき「家選びがつまらない」と不機嫌になっていった10月でありました。
 
posted by jd at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | RFSへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月18日

RFSへの道 その5

 5月の土地騒動があってから、周囲の勧めもありしばらく家のことについてはおとなしくしていましたが、8月中ごろにjd-妻曰く「以前に見た土地が値下がりしたよ」。

 その土地は以前に何度か遠巻きに見に行っていて気になってはいたのですが、日当たりはいいものの、値段もそれなり。それになにしろ、土地のよう壁がかなり古くそれをやり直すと相当費用がかかるとのことで、見に来る人も多いがなかなか手をださなかったそう。私も手をだせず。値下がりでそろそろいろいろ声をかけていたハウスメーカーが動きだすのではなどと妻と話していたら、その数日後に我が家の玄関先に現れたのがRFSの営業さんで、手にしていたのはjd-妻がいっていた土地のチラシ。できすぎだなあ。

 そもそも私を担当している営業さんは、実は横浜の同じ区の住民なので地元情報にはとても強く、以前から土地の情報には信頼を置いていたのですが、今回はかなり勧められ、気になっていたこともあってちょっと見てみる気になり、1週間後不動産屋さんとともに初めて土地の中に入れてもらうことに。電車の線路に近いのでうるさいのではと心配していましたがそれもあまりたいしたことなく、土地の中に入るとちょっと雛壇になっているので、景色もよく思い描いていた理想的な場所で一挙に気持ちがグラグラ。

定地.JPG

親にも見てもらい「なかなかいい条件の土地だ」と言われて、いよいよ土地購入に本腰が入り、それからはトントン拍子で1ヶ月後の9月23日には土地購入を契約してしまいました。そういう意味では土地を探してもらった恩義で、RFSが1ポイントリード。

 ただし、私の予定していた家購入の総予算の関係からいうと、この時点ではRFSでは明らかに予算大幅にオーバー。ということでRFS営業さんに見積もりを依頼する一方で、土地を決めた翌々日には他のハウスメーカー巡りも再び開始。

毎週末「ご決断を・・・」の言葉にうなされる2ヶ月間が、スタートです。
posted by jd at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | RFSへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月08日

RFSへの道 その4

 2004の1月頃から家のことを現実的に考えるようになり、春先になってから本格的に土地探しも始めました。このころになるとたまプラーザにあるSWHのモデルハウスが奥さんのお気に入りで、何とか小さくてもスウェーデンハウス!みたいなのりがあり、SWH横浜MHに行ったときおそるおそる営業の方に資金計画のことから相談すると、その場で電卓をぱちぱちして、概算を出していただきその内容に愕然。もともと予算が低すぎというところはありましたが、どう考えても無理。
それでもあきらめきれずに、土地をまず紹介してもらおうとお願いしたところ、営業さんから予算の総額に合わせて土地を紹介しますといわれて、週末に自宅の近所の土地を見に行くと、これがもう日当たりとか立地とかで「え〜」という土地ばかり。もっといい土地をと考えるのであれば、場所を変えるか予算を変えるかですねとあっさり言われる始末。

04年5月に、横浜市金沢区の新規開発の住宅地で一旦土地を決めかかったことがあります。その時は不動産屋さんから「早く決断しろ」と言われたこともあり、今まで接点のあったハウスメーカーの方にあわてて見積もりをお願いしたのですが、SWHからは猛烈なアプローチに合いました。当時はSWHも営業が不振だったらしく、「外構を含めたキャンペーン価格を出すので、是非ともご紹介したい」とか言って22:00ごろに家に来たり、昼間も夜も電話が来たと思えば、資料を届けに来たと玄関先で待っていたりと、あまりの押しに、正直家族全員が引いてしまいました。特に奥さんは連日の攻勢にいらいら爆発でSWH恐怖症になってしまい、その後は疎遠に。もともと見積もっていただいた値段においても、とても折り合う額ではなく、9月に正式に土地を決めたあともSWHは検討の中に入ってこなかったのです。

 この5月の土地探しの時期に印象的なことがありました、SWHなどは決めかけた土地を「いい土地だ」と褒めちぎっていたのですが、RFSの営業さんだけが「いいとは思いますが、こういうところは気になりますね」というコメントをされました。
土地を決めかけて舞い上がっていたjd家でありましたが、結局その一言が土地を考え直すきっかけに・・・。その土地は結局まだ売れておらず・・・。

jd家のマイホーム計画の中で「ロイヤルフォートスウェーデン」の存在感が、増してきた2004年5月でありました。
posted by jd at 23:49| Comment(2) | TrackBack(0) | RFSへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月07日

RFSへの道 その3

 前回、東急ホームに一時はまっていたことを書きましたが、アメリカ住宅好きのjd家が北欧住宅へと傾倒していったのは、2年ぐらい前にTVKハウジングプラザ横浜の訪問がきっかけということになるでしょう。

 展示場ではキャラクターショーなどをやっていて、息子にそれを見せる目的もあって出かけたのですが(そういう意味では客寄せ作戦にまんまとはまっています)、なにげに入ったスウェーデンハウス(SWH)のモデルハウスは、なにしろインテリアがかわいくてまさにjd-妻、jd-長女の好み。確かに他の家とは雰囲気が違う、いいじゃないの。こうなると相模原では特になんとも感じなかった家も、これまたよさげに感じてきて、資料集めをしてどんどんはまっていく、このあとはこういったところは北欧住宅を考えられた方なら誰もが通る道と同じ。その後は横浜市内のスウェーデンハウスでスタンプラリーでもやってくれたら、結構完成するぐらいたいがいのところは行っています。

 jd家の女どもの理想をかなえるために、そんなに言うなら北欧住宅を考えますかと、検討を始めましたが、普通とちょっと違うとすれば、私は最初のころは家にあまりお金をかけるのはどうかとも思っていたので、奥さんには内緒で、新築ではなく中古のスウェーデンハウスが無いかと結構探したことぐらいでしょうか。単純にその方が予算が安いとおもっていただけなのですが、実はスウェーデンハウスの中古は物件があまりないばかりか、とんでもなく高いんですよね。(まあそういう高級な住宅街にたっているということでしょうが・・・)横浜では港北や本牧あたりに物件があったのですが、値段を見たとたんにとても手が出ない。ホームページでスウェーデンハウスの中古の仲介をするという業者さんもあったのですが、これがまた怪しげな感じ。ずいぶん探しましたが結局、なんとなくあきらめモードになり、その後は、SWHのホームページは定期的にはチェックしていたものの、中古志向は尻すぼみになってしまいました。

 RFSについては、同じ横浜展示場に横浜MHがあり、たまたま駐車場に行く通り道にそれがあって入ったのが最初でそういう意味では出会いはSWHと同じころ。できたばかりの会社と聞いて、RFSオーナーの方々には本当に怒られそうですが、RFSはSWHのものまねをしている「廉価版スウェーデンハウスを建てられる会社」と思っていたように思います(別に値段を聞いた訳でもないのにね・・・)。まあ世の中、後発の会社というのは普通そういう役割ですものね。勝手に想像した価格面で、jd−夫の心にはちょっと響いていたメーカーでしたが、jd−妻はちょっとモダンな内装にちょっと引き気味だったかもしれません。

 ということでRFSが我が家のHM選びの主役になるのはもう少し先の話しです。
posted by jd at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | RFSへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月26日

RFSへの道 その2

これは本当に偶然の結果ではありますが、jd家夫婦は潜在的には「北欧好き」と見られるところはあります。1990年代初頭に新婚旅行はマニアックにフィンランドに行き、現在は夫は時々スウェーデン代表のユニフォームを着てサッカーをし、愛車はボルボ、愛犬の名前は北欧のビデオの主人公の女の子の名前などなど。

 現在、北欧系の住宅を建てることになった訳ですが、これもいろいろ検討の結果であって、もともと北欧住宅志向があったわけではありません。一方で最初から在来工法の日本建築やプレハブなどはあまり眼中になかったのも事実。これは自己紹介でも書いたとおり、おそらく関西での輸入住宅のモデルハウス見学の体験に起因しているのであろうと思います。
 外観に関してはやっぱり輸入住宅はとてもかわいいですよね。最初の思い入れはこんな程度。
 
 横浜に引っ越してきて本格的に家を検討し始めてから、最初に行った住宅展示場は神奈川県相模原にある「上鶴間住宅展示場」。ここでの最初のお気に入りは東急ホームのミルクリークだったのです。

 何しろ奥さんはカントリー好きなので、ここのインテリアはまさに好みにヒット。木製サッシも最初は東急で洗脳されたようなもの。ペアガラスの断熱の実演に「ほほう・・・」とうなずき、レモン色のサイディングもかわいく実に良くできたものだと感心。しかももらった基本プランの価格表を見るとミルクリークAPはとても安いじゃないか!(実はいろんな費用が入っていないわけですが、そのころはそれも認識がなく・・・)。スタッフの方が丁寧に案内してくれるし、おみやげにビデオはくれるわ、カタログはわんさとくれるわで、これはすばらしい!と(単純だなあ・・・)すっかりミルクリーク派。

 同じ展示場のスウェーデンハウスにも入りましたが、これが外観はほんとに和風なので、これといったインパクトはなく、窓の回転の方法がおもしろいな程度にしか思わなかったし、案内された方もそれほどの印象がなかったというのが正直なところ。

 もしこのころに土地云々が決まっていれば、おそらくアメリカ系住宅へとまっしぐらだったのではないかと思います。ただ、メーカーからは冷やかし程度にしか思われなかったのか、その後アプローチは特になく、「土地を探すにはどうすればいいのかなあ」と漠然とした疑問を持ちながら、特に行動にも移さず、しばらく時は過ぎたのでありました。
posted by jd at 02:14| Comment(0) | TrackBack(0) | RFSへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月22日

RFSへの道 その1

 RFSで建てることになるまでに、ずいぶんといろんなハウスメーカーともやりとりがありました。土地を決める前からカタログを取り寄せたり、モデルハウス訪問をしまくったりと、ずいぶん動きまわりましたが、

 検討してきたメーカーをあげると
 ・SWH  ・東急ホーム  ・天草  ・セルコホーム  ・グランメゾン
 ・インターデコハウス ・ブルースジャパン ・ウィザースホーム などなど

 カタログだけもらったとかいうのも含めるとかなりの数ですね。
 RFSとは普通はあまり競合しないというメーカーも検討しており、おそらくどのメーカーの営業の方も「こいつ何を考えてんだ」とお思いになったでしょう。

 正直なところRFSについては、最初のころは話しは聞いてはいたものの、「とても雰囲気は好きだけど、高そうでとても無理」ぐらいに思っていたのです。
 土地決定の直後は、土地の費用で頭がいっぱいになり、建てる家としては、輸入住宅にはあこがれはあったものの、家そのものなんて安くてもいいぐらいの考えであり、「ハウジング」とかを読んで、坪単価の安いといわれるメーカーのカタログとかを集めていたような状態
 
 その後のメーカー決定までの過程を振り返ると、結構あっちをたてればこっちがたたないという状況に、家なんてなんでもいいんだと言い聞かせながら、実はそんなメーカー選びを「つまんないな」とぶつぶつ言っている自分がいて相当の自己嫌悪に陥り、一方でメーカーの方からの毎週の「ご決断を・・・」のプレッシャーに悶々とする日々。
 
 お恥ずかしながら自分が本当にどんな家を建てたいか、どんな家が好きなのかというところは、結局RFSに決める最後の1ヶ月ぐらいでようやくはっきりしてきたように思います。
 このあたりをつらつらと書いてみようかと思います。
posted by jd at 01:28| Comment(1) | TrackBack(0) | RFSへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。